本質の治療①「正しい問い」を探す

 

 

さて、一通り、A先生との思考や視点の違いを書きましたが、最初にメルマガを読んだ後の、皆さんの思考や視点はいかがでしたか?


被害者視点他責視点エセ慈愛やエセ正義視点になっていませんでしたか?^ ^

 

A先生の治療院(サロン)は、筋骨格調整などの施術を行なっているわけではなく、
「思考を変えると病気は治る」と謳っていて、対話形式で行う治療です。

 

もちろん、思考はとても大事ですが、
病気の原因は、思考だけではありません。

 

「万病一元、血液の汚れから生じる」

ガン予防に限らず、日頃から血液をきれいに保つことは重要です。

腸と脳は繋がっていますので、肥満や食の乱れにより、腸内が汚れていると、
直感力(交信)は落ち、思考は悪霊につながりやすくなります。


人間は霊体ですから、
誰でも、神と繋がり交信できますが、
誰でも、悪霊と繋がり交信しています。

悪の脳内おしゃべりは偽の自分。

 

ガンや体調不良の原因は、食事内容や食べ過ぎ、腸内環境、生活習慣、生き方、その他諸々あり、環境や人間丸ごと全体、総合的に診て改善していく必要があります。

 

ガンになってから慌てて改善するのでなく、

「予防が一番」ですけど、

もし、ガンを患ったときは、

自分で「原因」に気付く事が大事です。

 

 

「なんで、私はガンになったと思うー?」と、

他人に答えを求めたり、

ネットやテキスト通りに解釈するのでなく、

自分で「正しい問い」を探す

 

そして、

その「問い」の答えを出して、

まず、「改善」(実践)してみる。

 

自分でもがきながら、

答えを出していくのが「生きる」こと。

 

 

「問い」が、

「なぜ、自分がガンになったのか?」

というものなら、

学んでない人と同じで、

”可哀想な私”という被害者視点で考え、

恨み、他責にたどり着きます。

 

 

では「正しい問い」とは?

 

 

ガンに限らず、人間関係、仕事、お金、諸々、

自分が自分に

「どのような問いをするか」によって、

 

悪霊に誘導され、

自分に都合のよい「誤った答え」をキャッチする人もいれば、

神に導かれ、「正しい答え」(図星)をキャッチする人もいます。

神と交信するか、悪霊と交信するか。

 

 

 

視点の違い⑥神の言葉か悪魔の言葉か

 

 

>>「自分は今までの自分でいいんだよ」
「変える必要なんてないよ!」

 

これは、「不幸になれ!」と言っているようなもの。

自分を認めてくれて、肯定してくれる言葉に多くの人が喜び、
舞い上がったり、過信しますが、

こういうのが、人間を傲慢にさせ、堕落させる

「悪魔の言葉」なのです。
(人間が、悪魔ではないですよ。)

 

神が存在するということは、

悪魔悪霊も存在するのです。

 

 

顧客を依存洗脳させる手口で、
このような「喜ばせ言葉」がよく使われますが、、、

神がこのような言葉を言うと思いますか?

ましてや、ガンを患ったり、
人間関係の問題が起きている人に対して。

 

自己愛が強く、劣等感が強い人に、
喜ばせ商法は、とても危険で、

鵜呑みさせ、慢心させたら、自分を勘違いしてしまい、
悪魔の罠に落ちていくだけです。

 

何か努力をしている時に褒めたり、
努力している最中でくじけているときに

大丈夫だよ〜と、フォローすることはあっても、

自分を変えるために、何の努力もせず、
色々問題も起きている人に、


「今のままでいいのよ〜」
「変わらなくてもいいよ〜」というのは、

その人のことなど、どうでもいいから言える言葉です。

 

他人のことよりも、「自分の評価」
自分や世間への口コミ評価優先。

他人のことよりも、「自分の我欲」
自分のエゴを満たすことが
優先。

 

「自分の評価」と「自分のエゴを満たす我欲」のために、
嘘と偽善とエセ正義の言葉でごまかし、
”専門家ごっこ”をしているのが”この世”です。

こうして、

優秀なクライアントの成長の芽まで潰し、

病気や何らかの問題を”繰り返す人”を

”この世”に増やしていくのです。

 

 

【神の意】
神は人間をどのようにしたいのでしょうか?

【悪魔の思惑】
悪魔は人間をどのようにしたいのでしょうか?

 

心にもない嘘の喜ばせ言葉で、相手の心を操り、
慢心させ踊らせて生かしておく。

これは、悪魔の常套手段ですが、
「悪魔の目的」は一体何でしょう?

 

悪魔の目的は、お金ではないですよ。

(人間視点のものでもないです)

 

悪魔悪霊の惑わし言葉は、
いろんなところで入ってきます。

 

ちなみに「神の言葉」は、大まかに分けて3つ
そのうちの一つが、叱責。

”叱咤”と”怒り”は、全然別物ですよ。

怒りは、”自分の感情”=エゴですよね。

親が子供に叱る時、自分のエゴの”怒り”からくるものなら、そこに愛はないですよね。

神の叱責には「愛」があります。

 

 

では、神の愛を受ける(つながる)には、日々何をしたらいいでしょうか?

神に好かれ、神が力を貸す人とはどういう人でしょう?

これは過去ブログでもずっと書いてきたことです。

 

悪魔悪霊に好かれ、悪魔悪霊が力を貸す人とはどういう人でしょう?

悪魔悪霊に惑わされていく人とはどういう人でしょう?

 

 

 

 

 

視点の違い⑤「等身大の自分」を知る

 

 

>>自己評価を下げてしまったようです。

 

自己評価を下げるのが、ダメなのではないのです。

 

自己評価というものは、

人生の足かせになる

”無駄なもの”です。

 

 

脳科学を研究している人の著書に、

「頭の悪い人ほど自意識過剰」

というのがありますが、

 

「等身大の自分」を正しく認識する”能力”がない人は、

 

「等身大の自分」の能力以上に、

「自己評価」が高すぎるのです。

 

そのため、

”理想の自分”と”現実の自分”との

ギャップで苦しむ事になります。

 

では、どうすればいいかというと、

 

過大な自己評価を下げるか、捨ててしまって、

「自己肯定感」を高めること。

 

それが、本人が一番、心もラクに楽しく生きられるのです。


・自己肯定感とは、
自分の存在そのものに価値を感じること。

無力な自分も出来ない自分も
ありのままの等身大の自分を丸ごと、
肯定的かつ好意的に受け入れ、
自分をかけがえのない存在だと感じる感覚です。

 

・一方、自己評価というのは、自分は何を持っているか、何ができるか、人より優れているか、劣っているかなど、一体、誰と何を比べているのか、
他人との比較で、自分で自分に〇✖️をつけるもの。

そして、他人に対しては、✖️だけつけたがり、
他人の幸せを見て落ち込んだり、他人の言葉に一喜一憂したり、
「物質世界」の比較競争で苦しくなるのです。

 

 

>>自分を否定することは「自己愛の欠如」


この考えが、”似非スピリチュアル”です。

(似非スピリチュアルの裏で働いているのは、神でなく悪魔悪霊ですから、真実を捻じ曲げ、もっともらしい言葉で人を惑わします)

 

自己否定がなぜ起きるのか?という本当の意味や、
自己愛にも2つあるという、人間の本質を知らない無知ゆえに、

何でも”自己愛の欠如”に結びつけ、
もっと自分を愛しましょうね〜」
「自分を責めちゃダメですよ〜」という、
”エセ慈愛”の偽善言葉でちょろまかし、

嘘と偽善とエセ正義の
”悪魔の世界”に引きずり落とします。

この結果、本当の自己愛を知らない”自己中モンスター”がどんどん増えてしまうのです。

 

このクライアントの場合、人を傷つけた良心の呵責から、自分を否定しているのでなく、
”等身大の現実の自分”を受け入れられずに、

自己否定しているわけだから、

自己愛の欠如ではなく、

自己愛が強すぎるのです。

 

 

この先生は、自己否定が
ガンの原因のように考えていますが、

真逆です。

 

「自己否定」をしやすい人は、

すぐに、他人と比較するクセがあり、

「劣等感」が強い人です。

 

劣等感が強い人は、

自己否定もしますが、

それ以上に、

自己否定「他者への攻撃心」

の方が圧倒的に強くなるのです。

 

自分の能力や容姿など、自分に劣等感を感じている人は、

「なんで自分は〜〜なんだ!」
「こんな自分は嫌だ!」

「自分が許せない!」と、

自分を責めて、自分を拒絶しますが、

自分に対して抱く怒りの感情は、

自分だけで終わらず、

他人に強く向くようになります。

 

人と比較して、羨んだり、ひがんだり、妬んだり、
人を批判したり、見下し、優越感を感じることで、
自分の劣等感から目を背けていくのです。

 

TVのワイドショーで、何かに失敗したタレントに対して、
”エセ正義”を振りかざし、上から目線で批判してドヤる心理もそうです。

 

だから、

劣等感を解消させていく事も
「成長課題」の1つなのです。

 

自分を下げることから始めるのがいいのです。

 

「理想像の自分」でなく

「等身大の自分」を知る

 

自己評価理想の自分像が高すぎることから起きる自己否定や、
ジレンマから解消されます。

 

 

うまくいかない時や、失敗した時、

そんな自分も笑ってやれる
「心の余裕♪」を作ったり、

 

乗り越えないといけない壁があるなら、
「おふざけ発想」で考え、
アホな自分を笑いながら、楽しく乗り越える♪

など、

こういうのも、自己肯定感です。

 

 

立派で正しい自分を生きようとするのでなく、

アホな自分を認める「心の器」があれば、

人生、めっちゃ楽なんだが。笑

 

 

 

己の失敗や、

 

 

己の不運な出来事も、

 

 

己で笑い飛ばし、

 

愉快な自虐ネタで、

友達に話すと大盛り上がり!

 

ウェ〜い♪

 

 

続く

 

 

 

 

視点の違い④予防は治療に勝る

 

 

ガンはある日突然、ボコっと出来るのでなく、
がんになる前に、必ず何らかの症状が出るため、
ガンを阻止することは、いくらでも出来ます。

 

軽い症状の時から、自分の細胞は、

「頼むから、気付いてくれ!」
「頼むから、改善してくれ!」と

「今のままではダメだ!」ということを

本人に気付かせるために

SOS”を肉体に送ってきます。

 

しかし、自分と向き合わずに、
自分の生活習慣の悪癖や、
思考の悪癖を放置し、
薬でごまかし、やっつけて治った気でいると、


「だったら、これなら分かる?」と、

最終的な確認で、”ガン”が発症しますが、

ガンは悪者ではありません。

意識もありますから、
悪を退治するかのように、
手術して抗がん剤でやっつけて
終わるものではありません。


また再発、あるいは、
最後通告として、進行性ガンにもなります。

 

それを、このクライアントさんは、
気付いているところが、
A
先生よりも、よっぽど
「エライ!!」と思うわけです。

 

 

ガンは自分を守るために
起きているだけであって、
ガンが怖いのではありません。


ガンになって、
病院で治療されることが
最も恐ろしいことなのです。

 

 


「真の知識」に沿って生きる人を

”頭のおかしい人”にして、

真実を潰したがる世界ですが、

 

病気やガンになった時に慌てて、

医者任せにして、

「魔界の餌食」となり、

”無駄な手術”や”無駄な治療”で、

ボロボロに弱体化させられる前に、


真の知識を学び、
「誤った医学」の洗脳から目覚めたり、

 

今の自分の”あり方”に満足せず

自分の内面の「罪」と「悪」を、日々、悔い改めたり、

食や生活習慣、思考、生き方全般を改善したりと、

惰性で生きず、日々成長し続けながら、

自分の体は自分で守り、

「予防」をしていく人が、まともな人です。

 

 

 

 

このクライアントは、
自分を改善したいと思っていた人なのですが、

最初に自分が目指していた方向とは、
真逆の方向で、誤った思考が洗脳されてしまい、

「真の予防法」が分かっていない状況で慢心し、喜んでいるのです。

となると、またいずれ再発するでしょう。

 

何度も言いますが、ガンは悪者ではありません。

私たちには、生まれてきた意味があり、
肉体だけで生きているのではありません。

「我欲の物質世界」に溺れ、〇〇に落ちる前に、ガンガ守って教えてくれているだけです。

 

⑤に続く

 

 

保護中: 視点の違い①

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解説の前に(人物と思考言動は切り分ける)

 

 

>>上記を読んで、「この先生に共感する〜!」「なんて愛に溢れた先生なの〜」と思うタイプの人は、この治療家と同じ周波数ということです。

 

・考える視点が、「自分本位」&「他責思考」&「被害者思考」

・治療法が、自分のエゴのための「偽善言葉」や「エセ慈愛」

 

クライアントも治療家も、

「嘘」と「偽善」と「エセ正義」のうわべの世界で、

互いにうぬぼれ、”いい人ごっこ”で終わり。

=同類。

 

他責&被害者思考の人が、
同類の他責&被害者思考の人にアドバイスをもらうと大抵、

「世の中、いろんな人がいるよね〜」(でも、自分は立派)とばかりに、上から目線で他者を見下し、優越感を感じて会話が進み、
無知なまま「慢心」するだけです。

 

「自分の正しさ」を証明するために、
人は生きているのではありません。

 

本性は、肉体でなく霊体。

何をするために、生まれてきたのでしょう?
なんのために、生きているのでしょう?

 

・・・・・・・・

その人が「何を求めて治療院に来ているのか?」もありますが、自分にとって「都合のいい言葉」しか受け入れられない人にアドバイスしても、キレて終わるだけになるため、肯定してあげた方が無難な人もいます。

ですが、このクライアントは、自ら、ガンの原因は、”自分の性格”にあると思って来ているわけですよね。


ということは、魂が成長する可能性があるため、甘い慰め言葉で成長の芽を潰してはいけない人で、多少厳しく言っても「這い上がる力」もある人。

 

>>私は昔から人の気持ちが分らない
〜中略〜
人を傷つけてきたかもしれない、

 

ここまでは、自分で分析できているけど、自分でどうしていいか分からない、何がいけないのか分からないから、助けを求めにきたわけです。

 

ですが、「何も変わらなくていい」と舞い上がらせ、このクライアントは、高額セッション代を払って「自分を知る機会」を失い、ガンの再発どころか、人間関係のトラブルも一生付きまとう状態のままです。

そうとも知らず、自分が成長するために通うのでなく、自分を肯定してもらうためだけに通うようになるのです。
※これが巷に多い喜ばせ商法→依存→リピート

 

 

ちなみにこのA先生は、50代で治療歴も長い先生です。

DVDも本も何冊も出しているため、業界では有名な先生で、”ヒーリングは誰でもできる”と謳い、治療家のほか、主婦層までもターゲットにして、セミナーもしていますが(桁が違うほど高額ですが)、

「知名度がある」=「知識がある」のではなく、

「DVDや本を出している」=「知識がある」でもないのですが、

人は、「知名度」や「権威」だけでその人を信用し、鵜呑みしてしまうのです。

 

・・・・・・・・・・・・

この世は、

「嘘が上手い人」ほど、前に出て、

「真実を言う人」ほど、後ろに下がる世界。

 

・・・・・・・・

 

思考法の参考として、この治療家の考えと私の考えの違いから説明していきますが、人物を否定、批判しているのはないですよ。

「100:0思考」の考えは捨ててくださいね。

 

「人物」と、その人物の「思考」や「言動」は、完全に切り分けて考えるもので、

私たちは、「真の神」という親から生まれた子供で、人間は皆兄弟ですから、

「人物」に対しては、絶対に否定してはならないのです。

 

「人物」に対しては「肯定」

 

その人と関わるか関わらないかは、選択していく必要がありますが、たとえ、犯罪行為を犯した人がいたとしても、その「人物」と「犯罪」は別のもので、犯罪という「行動」は否定しても、人物は「肯定」。

 

その人の偽善思考は「否定」しても、
人物は「肯定」

その人の他責思考は「否定」しても、
人物は「肯定」

 

1つの過ちが、その人の全てではなく、人は変わります。

 

この考えや言動は共感できるけど、この考えや言動は自分と違うといったように、
一人の人物の「思考」や「言動」に対して、自分と全く同じ人はいません。

今はその考えでも、来年は変わる人もいて、見る視点やアドバイスの受け取り方も人それぞれで、学びや成長段階によって全く異なります。

 

次ページに解説を書いていきますね。
パスワードは前回と同じです。

 

 

 

 

(NO11)物質主義から愛情主義へ「大多数に真理はない」

 
 
前回の続きです。
 
・・・・・・・
 
 
 
『サイコパス 秘められた能力』という本の中で、心理学者のダットンは、「サイコパス度が高い職業」として下記の10の職業を挙げています。
 

 

・サイコパス度が高い職業

CEO(企業の最高責任者)
テレビマスコミ報道関係者
弁護士
外科医
セールス
警官
ジャーナリスト
公務員
シェフ
聖職者

 

この職業の人がみんなそうではありませんから、偏見を持たないでくださいね。

前回も書きましたが、サイコパスと言っても、大量殺人のように、むやみに人を傷つける人のことでなく、自分の利益や実績、成果を得たいなど、なんらかの目的がある時に、

自分の行動によって、相手が不幸な目に遭うことが分かっていても、

人の心の痛みなど御構い無しに、

自分の目的を果たすためなら、どんな卑劣な行為だろうが、平気で出来てしまう人たちです。

 

なぜそんなことができるかというと、

一般の人の心とは違い、

「良心」も「罪悪感」も「共感力」もないからです。

 

サイコパスには大きな長所があり、
「外見」は、話し方も優しく感じもよく、
自分のことを「非常にいい人」に見せることに長けているため、専門家でも騙されてしまうのです。

 

___________________

「表の顔」は【親切・いい人】

「裏の顔」は【冷酷・無慈悲】

___________________

 

サイコパスは、先天的な遺伝もあり、共感性を司る脳の前葉体部分に「機能異常」があり、一般の人の脳の機能とは異なります。

他人に対しては、冷酷無慈悲で、人の心の痛みには全く何も感じませんが、

自分第一主義の思考が強すぎるあまり

自分が危機的状況になることには過剰に恐れ過ぎたり、自分の痛みとなると過剰に反応してパニックになる面があります。

 

サイコパスでなくても、自分のことしか考えられない傾向がある人は、そういう時に冷静さを失い、過剰に自分を守ろうとするあまり、判断の過ち、選択の過ちが起きやすくなります。

 

・・・・・・・・・・・

 

「自分の体は自分で守る」

 

外科医にサイコパスが多いというのは有名な話ですが、嘘をついて患者の不安を煽り、不必要な手術を勧めたり、病気でない人を病気にし、

患者の臓器を無駄に取ったり、不必要な手術で、患者の体がボロボロになろうが、
自分の実績や名誉、利益のためのなら、患者の不幸はお構い無しという医者も存在するのは確かです。

 

一見「誠実でいい人」に見える外科医と出会っても、巧みな嘘による不安煽りや、患者の体を、さも心配しているような”慈悲深いフリ”した「演技」や「話術」に騙されないためにも、

医学の本当の知識や裏の顔を見抜く目、古い固定観念を手放し、真実を受け入れる心も必要なのです。

 

・・・・・・・

 

大手食品業界は、利益目的だけでなく、某組織の悪巧みも絡み、化学物質まみれの毒だらけの食品を販売していますが、それを食べてがんになる人、健康を損なう人がいても、企業は御構い無し。
今やコンビニや外食チェーン店だけでなく、スーパーにも、食品という名の”工業品”がずらりと並んでいます。

医療、薬だけでなく、食品、日用品、美容品、あらゆる商品が毒だらけ。

世界に比べ日本の、「ワースト1」の数が多いことが物語っていますが、当たり前のように毒を食べ、当たり前のように、毒品を使っているのが現代人。


日本は、安全で平和な国だと思っているかもしれませんが、「良心」も「罪悪感」も「共感力」もない人が、トップに立っているのです。

 

「毒物混入」を正当化された世の中で生きているため、ジャンクフードなど、「安さの誘惑」に負けないことや、知識を身につけ、「自分の体は自分で守る」必要があります。

 

無駄に「毒の足し算」をしないよう、
毒の「引き算思考」や「引き算生活」
(デトックス)

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

>>悪魔の得意技【武器】は
なんだと思いますか?

 

もうお分かりですよね。

 

「嘘」と「偽善」と「エセ正義」です。

 

人間なら、誰もがみんな、見栄や虚栄心、保身のために、幼少期から嘘をついて生きてきたと思います。
ですが、良心のある人は、嘘をつけば、後々、罪悪感で苦しみますので、どこかのタイミングで、「もう嘘はやめよう・・」と、自分の人生を破壊する”重荷”=「嘘」を手放していくものです。

しかし、「良心」のない人は、嘘をついても罪悪感がありませんから、
「嘘」を武器にしてしまいます。

 

バレバレの大嘘だろうが、息を吐くかのようにスラスラと嘘を並べ立て、周囲を惑わし騙していきます。
しかも堂々と。

 

「感染拡大を防止するために!」
「人の命を守るために!」という

「嘘」と「偽善」で、


人に迷惑をかけてはいけないという

「エセ正義」の大衆心理を煽って、

人の心を操り「洗脳&支配」。

 

「嘘」と「偽善」と「エセ正義」で満ち溢れ、多くの大衆が洗脳され、外を歩く時もマスクをするなど、

悪魔の声に従い、

「命<世間体」で生きています。。

 

”この世”では、大多数の人に合わせない人たちや、真実を言う人たちのことを「頭のおかしい人」という扱いにし、そういう人をみんなで批判することで、「自分は立派な人」「自分は正しい人」と思い込み、
大多数の中で、安心感を得ようとします。

これも悪魔の思惑通りです。

 

ペテン師や詐欺師の話の全てが100嘘ならば、誰からも信用されなくなりますから、真実や事実の中に、上手に「嘘」を織り交ぜながら鵜呑みさせ、巧みなテクニックを使って洗脳しますので、人は気付けず、まんまと騙されてしまうのです。

人々の心をマインドコントロールして操り、着々と計画通りに蟻地獄の世界に追いやっています。

 

神は、
「大多数の中に真理はない」

狭き門から入りなさいと言っています。

 

・・・・・・・・・・

騙されないために

 

・「権威」を信用しない。

「地位」や「名誉」「肩書き」「職業」「権力」「学歴」「「フォロワー数」「影響力」など、「物質主義的価値観」で人を判断しない。

医者が言っているから間違いない。
専門家が言っているから間違いない。
TVで言ってたから間違いない。

新聞に書いてあったから間違いない。
頭のいいあのタレントが言っているから間違いない。
ファンが多いあの人が言っているから間違いない。
有名占い師が言っているから間違いない。
など。

 

サイコパスに限らず、完璧なまでに「いい人」を演出する”役者”のような人たちは、どこにでも存在しています。

 

「嘘」と「偽善」による「洗脳」は、
優しい顔したペテン師や詐欺師たちにとっての得意技。

 

 

・・・・・・・・・・

 

・空想虚言症

自分の”妄想”で思い描いた「嘘」が、あたかも真実のように錯覚し、嘘を真実だと思い込むことです。

本人は嘘を言っている自覚がないので、嘘に説得力があり、相手に嘘の内容を真実と思い込ませることに成功します。

 

・演技性パーソナリティ障害

嘘を嘘であるとはっきり認識した上で、役者さながらに、完全な「演技」によって相手を騙し、自分をよく見せ信用させます。

演技の質が高いほど、相手を完全に騙すことが可能で、自分の演技力を武器に周囲の人を騙し支配洗脳していきます。

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

(NO10)物質主義から愛情主義へ「本質で生きる」

 

 

サイコパスについての続き

 

サイコパスは、嘘をつくことに、「罪悪感」を感じません。

そのため、”自分のため”に、日常的に嘘をつき、心にもない言葉を並べたり、口先だけの調子のいい言葉やハッタリを言って人を騙し、人の心を惑わせていくのですが、
自分の嘘によって、人の心を振り回したり、迷惑をかけたり、傷つけることになっても、
良心の呵責もありません。

 

「良心」が欠如しているため、嘘をついて騙される人の心の痛みや気持ちが、全く理解できないのです。

その場その時、自分さえ良ければそれでいいのです。

 

サイコパスは、自分に過ちがあっても、「自分の非」は絶対に認めず、相手の粗を探して、なんでも他人のせいにするのですが、

そもそも、「罪悪感」や「良心」という感情がないため

「自分は何も悪くない」「悪いのはあの人だ」と他人を責める感情ばかりで、

自分に過ちがあっても、反省も内省も、自己改善もできません。

 

「自分は優秀で何の欠点もない」と本気で思い込んでいるため、自分の過ちを責められると、反省どころか、逆ギレします。

しかし、世間に対して、”誠実な人”に見せることはサイコパスにとって重要なため、体裁上、演技による反省はします。

 

巧みな演技や空涙で謝罪し、人から同情を引くのも上手く、
本来、自分が加害者なのに、相手を悪者に仕立て上げることも得意です。

 

自分の成果のためなら、嘘をついて事実を捻じ曲げたり、人を踏み台にしたり、人を陥れたりと、どんな姑息な手段でも使うため、スターやトップの座にのし上がっていったり、会社では出世し、権威的な立場になることもあります。

 

サイコパスは、「共感力」もないため、人の心の痛みや、他人の苦しみ、他人の喜びなど全く想像もできません。

ですが、

”同情しているフリ”や、”共感しているフリ”、”喜んでるふり”など、

人を騙す「演技」や人を騙す「話術」は非常に上手いため、「心の優しい人」「魅力的な人」という印象を与える事は上手く、本性がバレることなく、周囲から絶大な信用を得られ、カリスマ的存在になることもあります。

 

しかし、「表の顔」のニコニコ優しそうな表情や愛嬌とは全く異なる「裏の顔」は、冷酷無慈悲。

 

人間を”モノ”のように考え、利用できるかできないか、損得勘定だけで付き合い、利用できなければ、容赦無く切り捨てたり、場合によっては潰しにかかることもあります。

 

・サイコパスにとっての結婚

全てが「自分のため」なので、家族に愛や自由を与える事が出来ません。

 

家族は自分の「所有物」だと考え、思い通りに支配コントロールしたがります。

自分の配偶者や子供に対しても、いい大学に入学、いい企業に就職、高い地位、高い給与など、自分の”勲章”になれば価値を感じ、”勲章”にならなかったり、家族が重い病気や障害になると、「お荷物」とさえ感じる冷酷無慈悲さがあります。

 

愛も良心も真心もなく、家族を「自分の理想像」と「自分の正しさ」の中だけで支配コントロールしますが、

そんな自分のことを「教育熱心な立派な親」、
社会秩序に沿った「良識のある立派な人間」だと自分を正当化します。

 

自分の理想像でないとダメ人間扱いし、暴力的な支配よりも、精神的な支配で追い詰めますが、家族の心がボロボロに傷つこうが、人の心の痛みがわからない為、「制裁されて当然だ」としか考えることが出来ません。

 

 

他者との関わりにおいても、相手の立場(相手の心)を考える事が出来ず、「自分の言動は正しい」と信じ込んでいるため、

自分の言動で相手が不快に感じても、これの何が「不快」なのか?これの何が「迷惑」なのか?、「自分の何がいけないのか?」が、説明されても全く理解することができません。

 

本性が知らない人に対しては、非常に温和でいい人を演出していても、自分の本性や悪事が暴かれたり、化けの皮が剥がされようものなら、自分の非は棚に上げ、相手の悪いところを並べ立てて猛攻撃し、問題の原因をすり替えてしまいます。

 

 

本性は冷酷無慈悲なサイコパスですが、日頃の世間への”好印象漬け”の小細工や、演技は非常に巧妙なため、

仮に、サイコパスの人とトラブルになり、散々な目に遭ったことを周囲に相談したところで、「あんないい人がそんなことするわけない」「あの人はそんな人じゃない」と、逆に自分が悪者に仕立て上げられることにもなってしまいます。

 

見た目が「いい人」、「自分に都合のいい言葉を言う人」ほど警戒し、少し距離をおきながら、ゆっくり「本性」を見ていった方がいいのは事実です。

 

しかし、サイコパスのような人(性格に激しい裏表があり、共感性もなく、自分のことしか考えらず、人を利用しようとする人)は沢山いますが、偏見や先入観で「サイコパスだ!」と決めつけるものではありません。サイコパスと似て非なる自己愛パーソナル障害(自分への執着愛)というものもありますし、

その人の生まれ育った環境によって、幼少期からずっと、親に反抗できず、”いい子のフリ”、”優しい子のフリ”をしないと生きてこれなかった人達もたくさんいます。

自分のことで精一杯で、人の気持ちまで考える余裕がない時期は誰にでもあり、心や精神、魂の成長段階も人それぞれ全く異なります。

 

幼少期のトラウマや、いじめ、残虐的な体験など、人間不信によって、自己防衛のために本当の自分を隠す人もいて、サイコパスのように見えても、全く害はなく、ただ表現の仕方が分からないとか、人との関わり方が分からないだけで、固定観念や考え方、物事の見方などを変えていくことで、本来の純粋な愛情を取り戻せる人たちもたくさんいます。

その人が生きてきた背景もあり、サイコパスかどうかを見極めたり、「人の本質」を見るときには、偏見や先入観でなく、「愛情」が必要になってくるのです。

 

 

私たちは、「愛とは何か?」「生きるとは何か?」「なぜ生まれてきたのか?」など、心や精神や魂を育むことは何一つ学ぶ事も考えることなく、ただ単に「愛」とか「真心」という”単語”だけ覚えて生きてきました。

 

つまり、「うわべだけの世界」で生きてきたのです。

 

これからは、「本質(真実)の世界」を選択し、

「本質(真実)の自分」を生きる。

 

※本質の世界が、向こうからやってくるのではありませんよ。

うわべの世界で、嘘偽りの自分を生き続けるグループもあれば、
本質(真実)の世界で、本質(真実)の自分を生きるグループもあり、
どちらで生きるかは自分の周波数です。

 

 

 

続く。

 

(NO8)物質主義から愛情主義へ「法則を知る」

 

前回の続きです。

文末に(NO7)の回答がありますので、先に(NO7)からお読みください。

・・・・・・

 

「愛情主義」の説明のところで、ふわスピや宗教的思想ではないので、

「稼ぐのはよくない」とか「欲はいけません」ということではないと書きましたが、

「愛情主義」=「みんな仲良くしましょう」でもありません。

 

子供の頃、学校の先生や親や周囲の大人に言われた、「みんなと仲良くしましょう」という言葉も、
先生や指導者、支配者にとって都合がいいだけの言葉。

 

(NO5)「ゆるすこと」の記事の中で書いた、「人に迷惑かけてはいけない」という言葉同様に、
その言葉自体が間違っているわけではありませんが、

大人になってからも、そのような「言葉」に囚われると、自分らしさを失っていきます。

 

「支配コントロールする側の人間」にとって、都合のいい言葉は色々あるため、

その言葉は、神の言葉か、
支配する側の人間に都合のいい「操り言葉」かどうか?を考える。

 

神は、「みんな仲良くしましょう」などとは絶対に言いません。

むしろ、

〇〇〇〇の人間とは、付き合うな!関わるな!と言います。

 

「みんなと仲良くすること」=「いい人」「正しい人」だと勘違いすると、

みんなに好かれ、みんなに合わせるために、善人の仮面をかぶり、
「真の自分」を捨てて、「偽善者」を生きることになってしまいます。

また、利己的人間に利用されたり、騙されたり、振り回されたりと、メリットは1つもありません。

 

スピ業界で言われているのが、

そもそも、人間はいい人ではないのに、

「いい人を手放しましょうね♡」とか、
「いい人で生きるのをやめましょうね♡」という偽善。

それだと、”自己中モンスター”になってしまいます。

 

いい人を手放すのでなく、

「いい人だと思われたい!」
「すごい人だと思われたい!」という、
「自分の毒素」に気づき、

自分の中の
「猛毒(嘘・偽り・偽善)」を手放す。

 

そして、

嘘で自分をごまかさず、
「ナチュラル」に生きる♪

 

 

・・・・・・・・

 

さて、(NO7)の質問ですが、


>10人のうち、何人の人から称賛されると思いますか?
>何人の人と仲良くなりたいと思いますか?

何人でしたか?(^○^)

 

回答

あなたが、慈善活動もして、どんなに立派に正しく生きていたとしても、
あなたのことを称賛するのは、

10人中、

 

たった「2人」しかいません。

 

10人中「6人」は、あなたに「無関心」です。


そして、残りの「2人」は、あなたを嫌います。


 

本気で慈善活動に取り組んでいても、「偽善だ!」と裁いてくる人もいれば、
些細な言葉や態度にいちいち反応し、
「偉そうに!」「それはおかしい!」など、
何を言っても、何をやっても、批判してくるアンチのような人は一定数現れるものです。

また仮に、表面上は、ニコニコ笑って称賛してくれたとしても、
陰では、批判したり悪口を言う人もいます。

これは、あなたの問題ではなく、
「法則」です。

100人なら20人が称賛してくれて、60人が無関心。20人がアンチになる。
古今東西みんな同じ。

 

価値観も考え方も生き方も職業も立場も、
環境も才能も個性も趣味も10人10色。

 

初対面でも、一方的に、嫉妬・妬み・ひがみの感情を抱く人もいれば、
特に何の会話もしてなくても、
「なんかこの人イヤだ・・」と、先入観だけで嫌ってくる人もいるものです。

 

職場でも、
みんなと仲良くなりたい!
みんなに好かれたい!
みんなに褒められたい!と思っても、

100%そうならないですよね。

 

 

「法則」を知ると、
どんなに誠実に、真っ直ぐに生きていても、批判してきたり、人の揚げ足を取りたがる人がいることが理解でき、不快な人に囚われなくなります。

「法則」を知ると、
みんなに好かれようとしたり、他人の目を気にする事が、いかに愚かなことかが分かり、「他人軸」でなく「自分軸」で生きることができます。

 

自分に無関心な人や、自分に批判的な人にまで気を使い、
10人みんなから好かれようとしたところで、
人間関係のトラブルに巻き込まれ、疲弊するだけ。

 

「身軽」に賢く生きるには、

「みんなと仲良く」ではなく、
関わらなくていい人や、関わってはいけない人はスルーし、
自分のことを称賛してくれる人を大切にする♡

そこから輪を広げていく。

 

仮に、10人中10人全員が、
自分のことを称賛してくれて、
10人中、10人みんなと仲良くなれたとしても、

それはあくまでも、

表面上のうわべだけの世界。
(偽善者の世界)

 

ここでいう「法則」とは、
「腹の中(本心)」のこと。

 

中には、見た目や仕草、会話などは、
とても優しく、誠実そうな偽善者や、
ペテン師や詐欺師のような、人を平気で騙す人もいて、

そのような人たちも、
「甘く優しい言葉」と
「称賛の言葉」を使って近づいてきますからね。

 

本心で称賛してくれる人か、
心もなく、自分の保身で賞賛してくる偽りの偽善者か、
言葉巧みに人の心を操り、支配洗脳しようとする口が上手いペテン師か。。

 

プライベートで関わる人間関係は、
人生に大きく影響しますから、

関わっていい人、
深く関わらない方が無難な人、
絶対に関わってはいけない人を見抜くことも、
生きる上で重要な「お試し課題の一つ」です。

 

 

 

 

(NO7)の前に質問だぴょん(^○^)

 

 

(NO6)は、削除することになりました。
(既に読んだ方もいると思いますが、死後の世界のこと、神の裁きのことを少し書いたのがいけなかったかと・・。ブログはね・・。)

 

質問♫

あなたは嘘偽りごまかしなく、自分に素直に誠実に生きている人で、
自分の信念に沿って、休日には慈善活動をしているとします。

ある時、10人の人と出会いました。

 

さて、あなたは10人のうち、何人の人から賞賛されると思いますか?

また、何人の人と仲良くなりたいと思いますか?

「率直な願望」で、答えてみてください。(^○^)

 

 

 

 

(NO5)物質主義から愛情主義へ「ゆるすこと」

 

 

NO4の続きに話を戻します。

・・・・・・・・

 

その後、はぁ〜さんに報告。

クロス張り替えや床下修繕工事、
外壁塗装、換気口の交換や簡単な修繕等、
ほぼリフォームは終わり、

あとは、コーキングだけ残っていて、
その部分だけ、業者に依頼することを伝えると、

やはり、

はぁ〜さん)「その金額は高いだろ!!」と。

 

「でも、もうそこまでやったなら、
コーキングぐらいは俺がやってやる。
費用もそんなにかかんね〜から、大丈夫だ」と。

 

〜 流れが変わった 〜

 

最初の段階の、自分では何もせず、
「お金さえ払えばいいだろう」という
傲慢思考の腐った自分で、立ち止まっていた時は、

はぁ〜さんにリフォームをお願いしても、
予定が立て込んでいるから無理だの一点張り。

 

「俺がやってやるよ」なんて言葉は、
一切言わなかったけど、

私が自分から動いて、初めて、
はぁ〜さんが手助けしてくれた!

 

とは言え、は〜さんは忙しいので、
私が滞在中には調整できず、

私が東京に戻った後、
コーキングしてくれました。

しかも、費用は数千円。

 

 

・・・・・・・


地方にいる数日間、
ほとんど手ぶら状態だったので、
近所の人にも、ぺこりぺこりと頭を下げて、

工具をお借りしたり、
色々なお願いをしまくりましたが、
本当に何かに困っている時に、
NOと言う人は一人もいません。

 

日本人には、もともと

「助け合いの精神」があり、

誰の中にも、

「人のお役に立ちたい」
「人の喜ぶ顔が見たい」という、

自分のことよりも、
他人を思いやろうとする

「温かい心」(利他愛)があります。

 

 

 

人に何かをお願いしたいと思っても、

拒否されたら嫌だ!
人に頭を下げたくない。
人に借りなど作りたくない。
惨めな自分は見せたくない。

という自己愛感情(プライド)が出る人もいますが、

 

人に頼ることができない理由の一つに、

小さい頃の、
「誤った固定観念」の植え付けがあります。

 

例えば、

「人に迷惑をかけてはいけない」

という「呪いの言葉」。

もっともらしい言葉ですが、
支配する側の人間にとって都合のいい
「きれいごと」。

 

この言葉自体が間違っているのでなく、
この言葉に囚われるように
させられていったということです。

 

人に迷惑をかけて生きよう!
と思っている人など、ほとんどいない日本で、

「人に迷惑をかけてはいけない」
という洗脳言葉によって、多くの日本人が、
自分は正しいか、間違っていないか、
迷惑じゃないかと、他人の目ばかり気にするようになり、

人と違うことをするのを恐れ、
否定されることを恐れて、
いい人を装う偽善者になり、

自分は正しい。
自分は間違っていない。
自分は常識がある。
自分はいい人。
(自分は人に迷惑をかけるような人ではない!)
と思い込むことで、

自分の間違いや自分の非は、
見ようともせずに蓋をするようになっていきました。

(悪魔の思惑通りです)

 

「人に迷惑をかけてはいけない」
という呪いの言葉に囚われ、

本当は何が正しくて、
本当は何が間違っているのか、
真実もわかってないまま、
大多数に合わせることが正しいかのように生きて、


「操作された偽の常識」
「操作された偽の情報」を基準
に、

他人の言動に対して、

「あんなことしてはいけない!」
「あの発言、あの態度はよくない!」
「常識がない!」
「頭がおかしい人たちだ!」

と、他人を非難したり、見下すことでしか、
自分は「正しい人だ」「まともな人だ」
ということを証明できなくなっていき、

自分と何の関係もないタレントなどの言動に対しても、批判だけでなく、
「許せない!」
という怒りの感情までも抱えて生きる人が増えていきました。

これも悪魔の思惑通りです。

 

では、他国はというと、、

 

幼少期から、

「人に迷惑をかけてはいけません」
と洗脳されたのでなく、

「人間は、人に迷惑をかけてしまう生き物だから、
迷惑をかけられても、赦しましょうね」という、

「ゆるす心」を学び身につけてきました。

 

タイ語に「マイペンラ〜イ」って言葉があるよね。

気にしないでね〜♪
大丈夫だよ〜♪
もういいよ〜♪
しょうがないよ〜♪
ドンマ〜イ♡

なんとかなるさ〜♫

楽観的でおおらかな言葉。

 

もし、「私は(俺は)、人に迷惑をかけるような人でない」
と、言っている人(思っている人)がいたら、

その人は、立派な人ではなく、
自分の非を絶対に認めない、
究極の「他責脳」&「学ばない人」。

 

人間なら誰でも、
悪意なく、ついうっかり、
「やっちまった〜!!」ってことはあるもの。

 

ミスや失敗をした時、
ネガティブに考えて不安になったり、
過剰に自分を責めるのでなく、

「やっちまったべ〜♫」って、
自分で自分を笑ってやる。(^○^)

 

そして、嘘つかずに、言い訳せずに、
頑固にならず、すぐに誠心誠意謝り、
必要なら、その対応を考える。

ペコリ〜♪

・・・・・・

 

「生きる」とは、
魂の目的や使命を果たすという大きなことの前に、


日々、「自分の間違い」(誤った固定観念や思考癖)に気付いていくことでもあり、
ありのままの等身大の自分を認める勇気を持つことでもあり、
何より、
「こうあるべき」の理想像の自分でない自分を赦すこと。

自分を赦せない人は、
他人のことは、尚のこと許せないもので、
「許せない!」「許せない!」

という悪魔感情で自分が苦しんでいく。

※本来、裁きや赦しは神が行うもの。

 

・・・・・・・

 

「人に迷惑をかけてはならない!」という観念で、
エセ正義を振りかざし、もっともらしく他人を裁く、
「偽善者グループ」の中で生きる自分と、

 

「マイペンラ〜イ♬」の
「楽観グループ」の中で生きる自分

 

どっちが、自分らしく、
イキイキと「健康」に生きられるのか・・?

 

もう既に、大きく分かれていますが、

前者と後者では、
見えている世界も、生きる方向や価値観、
心と体の健康状態までもが違ってきます。

 

 

「マイペンラ〜イ♪」

生きていれば、悪意がなくても、
人に迷惑をかけてしまうこともあり、
人から迷惑をかけられることもある。

 

人間みな、

お互い様お陰様

 

 

「ありのままの自分」を勘違いしているスピ系の人たちは、

身勝手にわがままに生きることを、「自分らしさ」と勘違いし、
他人への迷惑などお構いなしに、
人間でなく、モンスターのように生きることを推奨していますが、

その考え方も、ヒエラルキーの物質主義的価値観の「罠」に溺れた人と同じく、悪魔エネルギーを栄養源にした、悪魔とともに生きる生き方。

 

日本経済が大変な時に、物質主義より愛情主義だとほざくことの方が、
「きれいごとだ!」と思うかもしれない。

そういう人は、「物質主義」の比較競争社会の中、
野心むき出しモンスターで、戦いながら生きてくださいね♪
ファイトで〜す♫

 

これからますます、体調不良や体の異変を訴える人が増えるというのは、
もう何十年も前からの悪魔の計画通り。

免疫力を高めることは大事ですが、

そもそも、本当の「免疫力」とは何か?

「自然治癒力」が働く本当の仕組みとは?
「ウイルス」の真実とは?
「愛情主義」の本当の意味は?
コロナ禍における「神の意」は?

 

どれもが「目には見えないもの」

目に見えないものだからこそ、
もっともらしい嘘の情報は、人間によって、いくらでも作り出されます。
「免疫力」という言葉を巧みに使った嘘の情報、嘘の商売も多々あります。

嘘ほど「表」に出てきて、「真実」はことごとく潰されていくのが”この世”ですが、ググって真理がわかる事などなく、体で「こういうことか!」と分かってくることです。
そういうものが本来、誰の中にもあるのです。

 

 

「偽善とは」

 

 

偽善とは

ウィキペディアより

 

真の性格・性向を隠す一方で、
美徳または善といった
見せかけの外観をつくることを言う。

「不誠実なそらとぼけ」、
「見せかけの振りをすること」、
「まやかし」が含まれることがある。

 

偽善的な行動とは、
他を批判するのと同じ行動を
自らも行っていることを指す。

 

「他にも偽善的な欺瞞には、

自分には欠けている知恵を持っているという主張、
一貫していると主張しながらの言行不一致、
持ってもいない忠誠心の表明、
アイデンティティの偽装」がある。

 

政治的偽善とは
「意識的に仮面マスクを使用して国民をだまし、
自らの政治的利益を得ること」としている。

 

日本における概念

 

善良であると偽ることをいう。

また、これを行う者は偽善者とよばれる。

 

精神的な偽善は、
外面では善い行為に見えても、
それが本心や良心からではない心理状態を指し、


行為としての偽善は、
隠れて悪事を行う為に善行を装う事である。

 

偽善を為す要因に、
虚栄心や利己心があり、

前者は名誉欲や愛情欲が原因で

後者は権勢欲や金銭欲である。

 

精神的な偽善には、
腹黒いゴマすり食わせ物という表現もある。 

 

 

日本における心理表象にみる偽善

 

まず、自分の事を「偽善者」だと思う人は、
外面的には自分を善と見せかけていても、
実は内面的に悪であると知っている。

 

したがって「偽善」とは、
自己の悪の自覚を含む主観であり、
自己の善性に対する懐疑から深い思索を生み出す事もある。

 

 

目立つところでは
善い事を言ったり行ったりしていても、

目立たないところでは悪事を行い、
表面上の善を無にして余りあるような
害悪をばらまいている。

 

こうした時には表面上の善はいわゆる
「きれいごと」であり、


むしろ社会的に善行として評価されることなどによる
自己利益が企図されていることもある。

 

 

まさに今の世は、

「嘘」と「エセ正義」と「偽善」で満ちた社会。。